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物の怪とか精霊とか聖獣とか…邪妖とか。
陽の世界で言うところの“人外”や“妖かし”にもいろいろな輩がいて。
人に悪さをするってだけで
一概に“忌むべき存在”と言い切れない場合も多々あって。
それって、熊とか猿とか猪とかが、
突然 人里や町へまで伸して来たのへの言いようと何か似てるよなと、
なかなか穿った言いようをしたのは、
確かルフィという少年じゃなかったか。
一番幼く、一番非力な、
あの場で唯一の人の和子だったにもかかわらず、
今にして思えば、
一番落ち着いていたのもあの子だったような気さえする。
◇◇◇
お仲間の凄腕大妖狩りを追って、遠い西の町までをひとっ飛びでやって来た存在が、
「あああ、間に合わなんだか。」
ついのことだろ、大いに嘆いて見せたのへ。そんなところに誰か居ようとは思わぬすぐの足元にて、しかもあまりに突然だったものだからと、居合わせた御仁がどひゃあと大仰に飛びのいており。
「……サンジ、落ち着け。」
「判っとるわっ。////////」
浮足立つあまり、足元さえ目に入ってなかったかと、しかも選りにも選って年少さんから言われたことへの、照れ隠し半分。反駁の怒号を放ってから、おもむろに…自分を飛び撥ねさせた忌々しい声の主を見下ろして来。
「あんの寝とぼけ野郎が、ご迷惑かけ倒しおって〜〜〜。」
その拳をぐっと握って、いかにもな憤怒の丈をそこに握り潰さんとしていた、その声の主が、何と真っ黒い一匹の猫だったことへ。
「…………さっきののマスコットか、それともお目付役かな?」
相変わらずな落ち着かぬ話の流れへ、少々辟易していたものか。いやいや、もしかしたら これはこれで…少なくとも邪悪な相手じゃあないという点だけは読み取れているからこその余裕からか。猫という小さな姿の相手へ合わせ、長い脚を折り畳みつつ、ひょいと屈んだサンジであり。
「サンジ、それって“魔女っ子もの”のお約束では?」
「おうよ、何かそんな感じだったじゃねぇか、封が解けたあの御仁。」
少女まんがに無理なく出られそうな、そりゃあ軽やかな二枚目だったぞ? 微妙に座った眸でそんなことまで言い出す聖封の君だったのへ、
「おいおいサンジ、何か悪いもん食ったんか?」
男を褒めるなんてありえねぇ…と、どこか呑気なそれにも聞こえかねない会話をおっ始めたこちらに焦れたのか、
「誰ぁ〜れが 魔女っ子のマスコットだっ!」
怒号を放ったそのまんま、彼らの足元にいた黒猫さんが、その身をむくむくっと大きく育ててゆき。襟元や袖口から何色もの紗の衣が重なっているのが覗ける、足元まである厚絹の長衣紋をまとった大人の男性の姿へと転じたものだから、
「おおお、大人の男の人だったぞ。」
ということは、やはり さっきのお兄さん、寸前までは小さな坊やだったあいつなんだなぁという納得が押し寄せる。これもまた“慣れ”というものか、小さな仔猫が人の坊やに見えたり、その坊やが突然、すらりとした立ち姿も凛々しい寡黙な刺客へと転じてしまっても、そんな途轍もない現象が…魂がもぎ取られるほどの驚きではないこちらであったことが。そんな身の上というところもご同輩らしく、そしてだからこそそれが露見してはまずいとし、行動を慎んでおいでだったのだろう向こう様の抱えていた、真摯な“逼迫”との間に結構な温度差でも生んでのこと。こっちの面々の構えようの桁外れなおおらかさへ、人の気も知らないでとの焦燥や何やが込み上げたのだろ、人前ではやっちゃあいかん最大禁忌をつい、破ってしまったのは……この場合、一体 誰のせいだろか。バランスのいい肢体をビロウドの黒で覆った四ツ足の小動物…という姿であったはずが、するするとその身が伸びての狩服姿、本来の体型での戦闘態勢へと様変わりしてしまった、謎の来訪者様だったが。
「…ほほぉ。」
「……っ。」
しまったと我に返ったか、表情を硬くし ハッとしたものの、そんな彼を見てさえ、さして驚くこともないルフィやサンジなのは言うに及ばずで。
「しかもこちらさんも結構いい男じゃねぇかよ、真っ黒な長い髪もつやつやで。」
「……もしかしてサンジ、破れかぶれの自暴自棄状態か?」
「いい加減、お前らに付き合うのも疲れてな。」
憤怒の勢いからすっくと立ち上がっていた、黒髪の新参さんへ。今度はこちらが見上げる立ち位置となって慌てぬまま。懐ろから紙巻きたばこを取り出すと、ゆらりと立ち上がりつつその口許を手で覆い、手慣れた様子で手際よく火を点けたサンジであり。
「……………あの。」
「おう。
あんたが追って来たんだろう、猫で坊やで金髪の兄ちゃんなら、
今頃ウチの筋肉バカと、ここんちの屋根の上だ。」
「え? そんな近いのか?」
それは知らなんだということか、ルフィが呆れながら見上げたのが頭上の天井。何だそれでサンジもさほど泡を食ってなかったんだとでも思ったか、視線を降ろした彼への返事の代わり、肉薄な唇の端へ火のついたままなたばこを引っかけたまま、すいと手を伸ばすとルフィの腕を取り、行くぞと告げて姿を消したサンジであり。
「……ったく。」
大した練達だとの覚えも新たに、そんな連中へどうやら意味なく喧嘩を吹っかけたらしいお仲間だと思うと、ますますのこと気が重くなった黒猫さんこと、兵庫という大妖狩りさんだったが。恐らくは止めに行ったらしい二人を追って、彼もまたその姿を宙へと溶け込ませてしまい、誰もいなくなったキッチンには蝉の声が間延びして響くだけ…………。
――― ドガァッッ、ベキバキ・ゴンッ、
ガチャンバリン、かんからかんかんかん………
…………………おおう、屋根の上じゃあ大騒ぎじゃん。(苦笑)
◇◇◇
………という経緯をもってのこと。成り立ちも有り様も大いに異なり、故に…本来なら重なり合うことはなかろう、それぞれのテリトリーを守りつつ、別個に活動していた大妖狩りの二組が。こういう巡り合わせもあるものか、これを“宿命”なんて呼ぶのは……苛酷な運命に人生を翻弄され、深刻な事態に陥っている方々には大きに失礼かも知れぬよな(おいおい)、何とも奇遇な邂逅を果たしてしまったわけで。
「 ……。」
《 ……。》
盛夏の早朝には さしたる風もなく。今日も猛暑日になるものか、濃密な青をムラなく広げた空が、目映いばかりの陽光を吸って ますますの力を得つつあり。自然のそれではなさそうながら、それでも緑は少なかないか。早起きな蝉があちこちから自慢の声を聞かせ始めてもいるのが、だが、此処へはいやに遠くのもののよに聞こえてくる、とあるお宅の屋根の上で。その姿を現した瞬間からこちら、手合わせをせんと上がって来たにもかかわらず、どちらもがピクリとも動かない二人だったりし。
「 ………。」
《 ………。》
片や、天聖界でも最強の破壊力を誇る刺客、破邪というお役目の名前そのものという存在でもあるロロノア・ゾロと。それへと対するは…どんな戦場へでも、降臨したが最後 屍の山を築かぬでは終われぬがため、その姿を伝える者のない 幻の紅死蝶こと、久蔵という御仁と。
“一見したところからは、大した覇気の圧も感じねぇんだがな。”
上背もあっての筋骨精悍、屈強にして覇気も満ち満ちた身であるその見栄えそのままに、破壊力こそ次界一と誇れるゾロであるものの。探査や封印系統の咒では今一つな点を補う担当の、そちらもまた、聖封というお役目の代表格の座を担うサンジより、ずっと細身の。ついでに…もっとうら若くて、金髪紅眸という華やかな風貌をした青年狩人と向かい合い。その、冷ややかに冴えた表情をぎりと睨み据える。ずば抜けた背丈や重々しい肉の楯がありゃあ強いとは限らないことは、こちらも重々承知のゾロであり。ただ…対になっているそれなのだろう、二振りの太刀を隙なく構えた立ち姿には、いかにもな挑発の気勢はないものの。その痩躯そのものが暗器ででもあるものか、下手に近づいては危険という鋭角な気配が感じられるこの対手。相手を幻影で翻弄したり、咒で羽交い締めにするようなタイプの使い手ではないなと感じてもおり。
“太刀へまとわした殺気が違う。”
術者が用いる単なる道具に過ぎぬなら、そこへもそれなり、異様な気配をまとわしているはずが。触れれば裂かれるという恐れをのみ孕んだ、猛獣の牙にも近かろう凍るような冴えしか感じない。だがそれは、逆に言やあ…こうまでの痩躯でありながら、斬撃のみで対処して来て生き残っている彼の、途轍もない手腕を裏打ちしてもおり。鋭さを追及し、無駄を全てそぎ落とした結果、得られた結論なのかも知れぬと思えば、その姿の嫋やかさもまた、
“どんだけおっかない鬼かを思い知る、
とんでもねぇ落差への物差しにしかなんねぇってか。”
しっかと検分しつつも、まだ鞘から刀は抜かぬまま。この揮発性は、敵と見据えられてのそれなのか、だったら本気でかからにゃあ怪我じゃあ済まない次第になんぞとの、物騒な想いを、だが、くくと微笑って口許へ張り付けたゾロであり。そうしてそして、
“………。”
片やの久蔵の側も、相手の腕の尋というもの少しでも探れぬものかと、その視線を対手の上から外せぬままでいる。見るからに大きな、所謂“巨漢”ではないながら、それでも、こつこつと練り上げた重々しい肢体をした練達だというのは、その身ごなしや腰のすわり、目の配りから既に察知済み。陰体にはつきものな咒力に頼らず、その身を駆使した強靭な四肢の撓いや勘のよさにて、どんな強大な敵であれ、怯みもせぬまま両断して来た練達なのが感じ取れており。
“…。”
最初にそれを警戒して戦闘態勢へとなだれ込んだ切っ掛け、あの少年を脅かす存在なのではなかろうかという“邪意”はなさそうだと、遅ればせながら判ったものの。だったらだったで、抜いた双刀が素直に収まってはくれぬ。これほどの凄腕を前にし、一合も刃を咬み合わされぬは納得がゆかぬと、
“…刀だけ、ではないか。”
その手から発し、刀身へと伝わるかすかな唸りこそ。彼ら、月夜見の仲間内でもずば抜けた練達しか身につけられぬ、超振動という技で。体内を巡る“気脈”が集まる主柱の、そのところどこに環を結ぶ“ちゃくら”という螺旋があって。それを制御しつつ練り込むことで、気合いや気功なぞとは格も桁も違う、途轍もない破壊力を…例えば得物の刃へ乗せることが出来るのだが。それが発したということは、久蔵自身が押さえ切れない闘気を発している証拠。これほどの手合いと相まみえるのは滅多にないこと。それほどの練達だという気配を拾ってしまったからには、と。敵意とは種類の異なる闘気が、背条を這い上ってくるのが感じ取れ。
《 ……逃す手はなし。》
「ほほぉ。どうやらお眼鏡にかなったらしいな。」
刃を合わせるに際しての気勢には、その邪悪さが危険だから排除するという原初のそれ、守りたいものへの敬愛や忠誠を支えにした、健気で頑なな想いの他に。あまりに強い相手をただただ凌駕したいとする、それもまた純粋で直情的な、一途な想いが押さえ切れずに暴発してという場合があるそうで。素人には到底理解し難い想いの発露、憎くもなけりゃあ恨みもない、悪人でもない相手へと、その刃を突きつけて雌雄を決したいとすることが…本当のごく稀に、あったりするらしく。
「……お。」
「うあ、何か空気が痛い。」
「な…っ。」
問題児たちが睨み合ってる屋根の上へ、遅ればせながらの遠巻きに出て来たお仲間たちが、その場へと垂れ込めていた重々しい殺気へと渋面を作る。一体どんな逆鱗へと触れたなら、ここまでの闘気を立ち上げられるものなのか。見栄えも雰囲気も、恐らくはその得手とする戦いようも、随分と対照的で真逆なのだろう二人の剣豪。とはいえ、今日がお初な顔合わせだろうに、何がどうしてこうまでの、真剣本気な敵意を構えられるものだろか。こちら様のテリトリへいきなり飛び込んだ格好になった久蔵へ、得体の知れぬ奴めと緑髪の彼が怒るのは判らんでもないけれど、
“こうまで喧嘩っ早い奴ではなかったはずだが。”
何があってのことかは あいにくと兵庫には判らぬながら、どうにも拭えぬ桁の、強烈な敵認識が立ってしまった久蔵なのだろか。彼らが見ているその前で、ゾロがすらりと抜き放った大太刀には、何かしらの邪妖の気配を匂わす残滓。それこそが、久蔵を中途半端に起こしたその末、この町へまで翔させた元凶の残骸なのだろに。それへと気づいたか、相対していた金髪の剣豪が、その端正な面差しへ浅いそれながら別の表情を浮かべて見せる。獲物を見据えた猛獣が、見定めたそのまま視線を外すまいと目許を眇めるかのような、そんな強硬な物騒さが加味されたのが、離れたところにいても伝わり。それへはさすがに、黙ってもおれなかったか、
「どうすんだよ、サンジ。」
ルフィが傍らにいた連れの袖を引いたが、
「どうもこうもねぇさ、俺は刀をぶん回す肉体派じゃねぇかんな。」
安心しな、屋根の上への結界は張ったから、どんな騒ぎになろうともご近所の皆様が何事かと驚きはしねぇぞと。こちらさんは もはや動じたところで意味がないと腹を括ったか。宙空に危なげなく立ったまま、そんなとぼけた言いようをし、先程火を点けた紙巻きたばこ、一口ふかして紫煙を吐き出す、金髪の聖封殿こと サンジとかいう青年であり。そっちは彼らとは組成が明らかに異なる、普通一般の人間の少年だろに。ルフィと呼ばれていた彼もまた、咒のお陰様か宙にその身を浮かせていたが、こういう事態にも慣れがあってのことか、そんなことよりと一触即発状態の剣豪二人を案じておいで。兵庫や久蔵も含めて、異世界の存在だろう彼らが見えているという時点で、既に普通一般の和子ではなくて。今の世に此処まで霊感の強い子は珍しいと、こちらもまた現状の緊迫から、しばし目を離してしまった兵庫だったものの、
《 ……っ!》
「 ……っ。」
彼らが気を揉むそもそもの元凶二人、不意にそのそれぞれの意識を鋭くも収拾し、ずんと硬質な気勢をもたげたのがこちらの面々の意識をも叩いた。何かが物凄い勢いで駆け抜けての、風を切る音がしたかのような。若しくは、何かが炸裂する瞬間の、空気の集約が起きてのこと、手も足もてんで間に合いはしないが、目だけは背けられない惨劇が今まさに起こりそうな。そんなぞわぞわした予感が津波のように押し寄せた中で、
「…っ、」
「久蔵っ!」
「ぞろっ?!」
どこかで、殺意はないと。そこまでの敵意はないらしいという、そんな見越しを感じていた。だってじかに見た…睨み合ってた彼らからは、切迫は感じなかったから。強敵には違いないが、叩き伏せたいとする意志の気配に、殺意まではなかったと思ったから。だから、微妙に呑気な見守りようが出来たのでもあって。なので、
「 ……っ!」
《 ……っ。》
そんな二人が、向かい合って…互いを睨み合って立っていたところから、その身を躍らせるようにして飛び出したのへ、胸の奥底から心臓がぐいと無理から跳ね上がったような気がしたのは、ルフィだけではなかったはずで。それほどに物騒な殺気を孕み、それぞれの得物、しっかと握った拳を振り上げた彼らだったのへ、
「………っっ!!」
「な……っ!」
何も出来ない、制止の力さえない身だってことへと、歯軋りしかねぬ憤怒を覚えかかった…サンジと兵庫の二人であったが。その途轍もない驚愕と絶望は、そのまま、
「…………え?」
こちらの側にいた、最も力なき存在へと向けられており。え?え?と目を見張ったルフィを、二人掛かりで挟み込んでのカバーすると。ずんともどんとも言い難い、宙にいても重くて大きな地響きを拾えたほどの炸裂衝撃を、全身で受け止めて遮った彼らであり。
「な、なに?」
一緒に見守っていたはずが、こっちの彼らまでもが大きく動いたとあって。ルフィがはややと左右の二人を見回す。サンジは滅多に武器を振るうことはしないが、それでも意識の集中の拠りどころにするためのそれか、銀の護剣を掴み出し、頭上へ高々と差し上げており。それほどの集中が要った何かが、
“こちらへも飛んで来た…のか?”
地震でも起きたかと思われたのか、眼下には家から飛び出したご近所さんたちの姿も見える。とはいえ、こちらには気づかぬらしく、大きかったねぇ、テレビで速報が流れるんじゃないのなどと言い交わす声のみが届くだけ。それほどの衝撃が生じた只中にいたこちらはといや、
「感謝しな、
このお兄さんがいなかったら、
右側の耳の聞こえが悪くなってるトコだった。」
ふふんと笑ったサンジが、短くなってたたばこを宙へと消して、次のをと指先へと出しているところ。そして、
「……まったく、無茶をしおって。」
サンジと呼吸を合わせ、ルフィの防御を担ってくださった黒髪のお兄さんが見やった先では、
「あ………。」
あとで聞いたら、今朝方にゾロが仕留めた邪妖の仲間が、精霊刀へと染みついた係累の匂いを追って来たらしく。そいつが があっと大口開けて襲い掛かって来たものを、そちらさんもまた呼吸を合わせ、縦よこ斜めの微塵切りにして倒したのだとか。彼らに言わせりゃ、せっかく気を高めていた呼吸を、野暮にも邪魔したことへとムッとしただけだと言うのだが、
ほとんど同時にその双眸をぎらりと見開くと
片やのゾロは、正眼に構えた大太刀振りかざし、怒号のような気合いと共に、重くて雄々しき覇気載せた逃れようのない一閃を叩き込み。片や、それはそれは軽やかな跳躍にて、その痩躯を中空高くへ舞い上がらせた久蔵の側は、裂魄の気合いを鋭く放つと、懐ろの前にて交差させた二振りの太刀を、絶妙且つ巧妙なる手数で繰り出し、逃れ得ぬどころじゃあない、剣の起こす圧にて逆に吸い寄せられるような妖しの攻勢にて、邪魔立てしかけた妖かしを粉砕したらしく。そうまでの…瞬殺の勢いがあまりに凄まじいそれだったがために、衝撃波も半端なそれじゃあ済まずで。そこへと気づいたサンジと兵庫とが、ハッとしてルフィの盾になって下さったらしく。
「お前という奴は まったくもうっ。」
ふわりと宙を駆け、やっと追いついた自分の相棒へ説教をしに向かった兵庫殿と入れ替わり、こちらへ戻って来たゾロへも公平に、
「おめーも大人げなくも、いちいち だんびら振り回してんじゃねぇよっ。」
「んだと、こら。」
「ああ? 怒れた義理か?」
あの助っ人さんがいなかったら、このチビさんまで一通りじゃねぇ巻き添え喰っとったんだぞ? しかもその元凶は、お前が片方しか仕留めてなかった邪妖らしいじゃねぇか、なに半端な仕事してっかな、こら…と。なかなかに的確な叱りようをなさる聖封様であり。連日の猛暑日もどこへやらという賑々しさで、今日という一日、その幕をすっかりと上げた模様でございます。
◇◇
「そっか。お前、ゾロやサンジを勘違いしたんだな。」
ルフィが余裕で抱えられていたほどだった、あの小さかった坊やの姿へと。だが、今更戻っても詮無いということか。ルフィよりは年長そうな容姿風貌のまま、間近にまで追って来ていた、この場では唯一の人の和子が駆け寄って来たのを待ち構えた久蔵は。太刀をしまった白い手で、駆け寄って来た坊やをそのままきゅうと抱きすくめてしまったので、
「…こりゃあ相当なレベルで、保護下におかねばならんと思ったらしいな。」
兵庫という連れがくすぐったそうにそんな言いようをする。確かに人々の住まう陽世界の安寧を守るという使命から生じた存在だが、自分たちはどちらかといや、狩る側でばかりいたのにね。こちら様のガーディアン二人の、それは手ごわいレベルを察知した途端、即座にああまでの反応が出たように、攻撃こそが最大の防御とその身も弾ける存在だったはずが。それとは真逆だろう、こういう対応も出るよになったとは。
“あの島田の家に長居をすることで、
こういう“護る”もあること、気づいたこやつなのかも知れぬ。”
そんな肩書も事情もてんで匂わせぬ、玲瓏透徹な風貌した白皙の剣豪様から。ぱさぱさな黒い髪、もしゃもしゃと撫でくられて、あははと無邪気に笑った少年はといえば、
「あんな、こいつらは俺の大事な友達なんだ。
俺に何かあったらすっ飛んで来てくれるんだぜ?」
自分の側の“保護者”二人をそうと誇らしげに紹介してから、
「人じゃあないからそれで、
怪しい奴めって誤解したんだろうな、お前。」
ルフィの側からも手を延べると、ふわふかなままの久蔵の金の髪、わしゃわしゃと撫で返す剛毅さよ。そんな二人を眺めつつ、
「この坊主はちょいとしたワケありで、ああいうのが寄って来やすい体質なんでな」
だから、派手にこっちの気配が立ってしまったのだろと、そうと続けるつもりだった、金髪の聖封様の言を遮って、
「人を蚊に食われやすいO型みたいに言う。」
ぼそりとぼやいたルフィであり。おお、そんな言い返しが出来るようになったかい。昨日の『ためしたら てやんでぇ』でやってたもん。(註;そんな番組はありません)
「……。」
「お。」
話を脱線させた坊やだったのへ、ぱふりと頭に載っけられたままだった白い手が、よしよしとやや不器用そうに動いて再び髪を撫ぜたのは。久蔵の場合は、別な感触からルフィに馴染んだことを言いたかったか。そして、
「うん。お前も友達だ。」
お日様坊やがにぱっと笑う。猫のカッコも小さい子のカッコでも、勿論 今のこのカッコでも、気に入りの友達だと。やっぱり それはそれは豪気で天動説な言いようをして、滅多に笑わぬ久蔵を、苦笑ではあれ笑わせたほどの大物なところを発揮して………さて。
「で? どうするね。」
和んだ空気を波立たせまいとしながらも、そうそうお呑気に構えてもいられないんじゃあと。とある問題提起を持ち出したのもまた聖封様で。というのが、
「このままそっちのテリトリーヘ戻ることが出来るか?」
「あ。」
随分と霊力の強い御仁たちだから、能力的にはひとっ飛びだろうけれど、その姿を誰ぞに察知されかねぬ。小さな猫へとその身をやつしてまで正体を隠しておいでなのだろに、そんな苦労を一蹴することになりはせぬかと、いち早く気がついたそのまま案じてやったのがサンジであり、
「あんたらは月の力から生まれた存在と見たが、ならば夜陰に紛れての行動でないと、誤魔化しもままならんのではないか?」
こうまで明るくなり大気が日輪の気配で満たされた中、陰の気配にほど近い“月夜見の眷属”が動くとなれば、それ相当の活力を繰り出す必要もあろうから。余計な連中をつつくことにもなりかねないし、何より、彼ら自身の存在へ気づく者を生まぬとも限らない。
「そんな奴なんて、」
「そうはいねぇとは言わせんぞ。」
生身の人間でありながら、興味本位で魔法陣だ何だを齧っていた輩に、紛れ当たりからだがこちらの存在を気づかれて。向こうからの引きがあった魔物の召喚なんていう、とんでもないことやらかした、召喚師もどきに振り回されたことがあったこと。それはそれは低めた声にて、ルフィに指摘したゾロだったりし。そうでしたよね、あれはなかなかに危ない事態でもありました。(“真昼の漆黒・暗夜の虹”参照) ご近所の動揺も静まったようなのを見計らい、出て来たとき同様の次空転移で戻ったキッチン…のお隣りのリビングにて、お顔を突き合わせていた皆様だったが、
「何なら、晩まで此処にいっか?」
ワクワクッと楽しそうなお顔をしたルフィの言いようへは、
「…そうもいくまい。」
それでなくとも過保護な家人が、仔猫の不在に気づいてのこと、それは案じて探し回っとたぞと。兵庫に告げられ、久蔵が視線を落とす。それはそれは限りない愛情をそそいでくれる優しい七郎次を心配させてどうするかと。彼らを守っているつもりがこれでは本末転倒だという反省を、やっとのことで感じたらしくて。そうまでの傷心振りを見かねたものか、
「…じゃあ、こうすりゃあいい。」
サンジがひょいと手にしたのが、このお家のリビングに据えられていた電話の受話器だった。
天上の海 エンドへ → ■
寵猫抄 エンドへ → ■
*双刀使いと三刀流の対峙とは、
まるで某ばさらの奥州の筆頭と木曽の若虎みたいですが、
お互いの気性のカラーは、むしろ 瀬戸内の雌雄決戦に近かったかも?
(アニメ派であんまり詳しくないです、すいません。)
*いやはや、お疲れさまでした。
何だか説明文が中途半端で、
何でこの人がそんな呼ばれようなの?とか、
何でその人がそんなものに化けてたの?とか、
却って混乱を招いていたかも知れませんね。
全ては…猛暑日が続いたもんだから、
羽目が外れたもーりんのご乱心だということで。(おい)
もうちょこっと続きますので、
よろしかったらお付き合い下さいませ。(苦笑)
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